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知って得するにきび跡

末期のステージWの胃がんだという医学上の理由から、最初にかかった病院ではあっさりサジを投げられた。
当初、本人はそれを知らされなかった。
妻が「もう仕方がない」という考えに一度でも傾いていたら、その後の夫婦の十ヵ月間はあり得なかったと思う。
そのとき夫妻は、転院先の医師からがん患者の生き方として三つのことを教えられた。
・がん闘病では、過去の失敗を悔やんでも仕方がないこと。
・今を生きるため、今日からどうするかを自分で考えること。
・患者と一緒になってがんと闘ってくれる医者を見つけること。
 彼ら夫婦はそのとおりにした。
それが夫と妻の「がんの旅路」のはじまりとなった。
限られた命を夫と妻は懸命に生きた。
そしてまた、一つの旅路の終わりは新しい旅路のはじまりになるのである。
 T氏が亡くなって三年過ぎたころ、「お元気ですか?」と私の便りを送った翌日に、Sさんの電子メールが私のパソコンへ届いた。
受信日時は、二〇〇三年七月一日午前七時一分。
仕事に出かける前のSさんの近況報告だ。
 「私は大変元気です。
今、トライアスロンに挑戦中です」 別れの悲しみはずっと消えないけれど、頑張って生きています。
短いメールの言葉がそう語っているように思え、うれしかった。
がん末期の「痛みの治療」はなぜ必要か がんの終末期医療の世界に、患者が主役という考え方がある。
末期がんを病む患者と家族がいて、心ある医療者がいる。
それでこそ理想的な看取りの形が生まれるもの。
がん末期の症状であっても、よりよく生きるためにはどうすればよいか。
自分の死期を悟り、「家で死にたい」と願った男性患者の物語を紹介する形で、がん末期の過ごし方について考えてみよう。
 北関東の小さな町にあるペインクリュック小笠原医院(群馬県高崎市)は、痛みの治療が専門のクリュックだ。
一九九二年以来、開業医として在宅ホスピスの先駆けとなり、この十二年間で二百人以上の末期患者の最期を在宅で看取ってきた。
在宅ホスピスとは、「家で死にたい」という患者、家族の願いをかなえるための終末期医療である。
医師の往診代(治療費や薬代、酸素吸入装置など)、ナースの訪問看護料とも健康保険が適用されるため、患者側にも費用的な負担はそうかからない。
 同医院を何度も訪ね、私は、小笠原一夫医師と「がんの対話」を重ねてきた。
最初の出会いから数えてもう十年間が経過している。
小笠原医師は、物静かな人柄だが、がん末期の痛みをやわらげる専門家だ。
いわゆる「WHO方式がん疼痛治療法」をすべての人が知り、痛みを取るための努力を医療関係者に遠慮なく申し出たほうがよい、と患者側の心得を説く。
そして一方では、訪問看護チームや家族と一緒になって在宅での看取りと熱心に取り組んできた。
その医療の姿をよく知っているので、私自身が不治のがんを病み、人生最後の時間を過ごすときには、小笠原医師の世話になるかもしれない。
そう本気で思ったりすることがある。
それくらい、人間的にも信頼のおける医者である。
 ある年の秋、小笠原医師の背中越しに、私は三十代の男性患者の在宅ホスピスをIヵ月にわたって取材した。
そこで発見したのは「患者が主役」という生き方だ。
医療者ではなく、患者本人がそう考え、終末期医療の主役としてがんを生きる。
そうした患者像には深い共感と感動を覚えたものである。
だが、それを語る前に、まずは、がんの痛みの治療の問題に簡単にふれておかねばならない。
 よく言われることだが、末期がん患者の三人に二人が痛みを主に訴え、そのうちの三〇パーセントは昼夜の別なく激しい痛みに襲われる。
これに対し、〈全世界のがん患者の大多数にとって現実的な目標点の一つは、薬の適切な使用によって痛みから解放されることである〉としたWHO(世界保健機関)は、一九八三年に世界九ヵ国十七名の専門家による「がん疼痛専門委員会」を設置。
がんの痛みの治療の目標を〈昼夜を通じての無痛状態の維持〉とした。
 八四年十二月、スイスのジュネーブで開かれた「がん疼痛の包括的治療に関するWHO会議」で実際的な治療プログラムが決定し、八六年、「がんの痛みからの解放」と題した報告書が全世界に示された。
これがいわゆる「WHO方式がん疼痛治療法」と呼ばれるもので、確実に効果を持ち、世界のどこでも活用できるよう各種鎮痛薬の使用法を整理したものであった。
 具体的には、がんの痛みの強さを軽度、中等度、重度の三段階に分け、軽度には非麻薬系のアスピリン、中等度には弱い阿片系麻薬であるコデイン、重度には強作用の阿片系麻薬のモルヒネを使う。
この三段階治療法で、〈がんの痛みは、飲む薬だけで九〇パーセントは消せ、残りのI〇パーセントも薬で大幅に軽減できる〉とされた。
 医療用モルヒネが、この段階でがんの痛みを除去する薬物療法の代表薬として認知されたわけで、それ以降、世界各国でモルヒネの利用法についての研究が進み、経口投与法のほか、座薬としての直腸内投与法、副作用の少ない持続皮下注入法などの画期的な方法が開発されることになったのだ。
「モルヒネイコール死」は日本人の誤解 医学的に見ても、がんによる痛みに耐えることは、末期の患者にとって何の意味もない。
しかも、その痛みは患者を不安と恐怖に陥れ、痛み以外の症状も進行するため、抑営された心理状態を生みだすことにもなる。
 これらの点から、がんの痛みはできるだけ早く除去するというのが欧米では常識とされる。
だが少し前まで、日本では国がモルヒネの使用量を規制し、がん医療にあたる医師の多くがモルヒネの使用に消極的と言われた。
患者家族側にも「モルヒネイコール死」という誤解が根強かった。
 がんで亡くなった患者の家族を対象に、末期医療の状況を聞いた旧厚生省の全国調査結果(九三年)を見ても、東京など十一都道府県でがんで死亡した患者千九百十八人(四十歳土八十五歳未満)のうち、末期段階でも無益な延命治療を受けていたのが全体の五三パーセント、モルヒネなどで痛みをやわらげる緩和ケア療法を受けたのが二九・三八‐‐セントという結果であった。
 裏を返せば、日本の病院でぱもはや治る見込みのない末期がん患者の二人に一人が、死の間際まで薬漬け、注射漬けにされていたことになる。
しかも、末期患者の十人中七人は、激しい痛みのなか病院の一室で放置されていたという実態が明らかになった。
これに対し、家族の満足度は、延命のための積極的治療を受けたケースの三〇パーセントが「満足していない」。
逆に、痛みの治療が中心の緩和ケア療法を受けた家族の満足度は九三パーセントと高く、大きな差が見られたのである。
 そのため、医療者による延命一辺倒の末期医療のあり方に対する反省が生まれ、とくに不治となったがんの末期患者の緩和ケア、すなわちモルヒネなどを使う積極的な「痛みの治療」の必要性が医学界の内外で声高に論じられ始めた。
 こうした流れのなか、国内でも持続性疼痛治療薬「MSコンチン錠」(硫酸モルヒネ徐放錠)のほか、最近でぱ、三日に一回貼り替えるだけで、どんなに強い痛みも消える「デュロテップ」(二〇〇二年三月認可)という便利な貼り薬が登場。
治療目的のモルヒネの外来患者への投薬規制が見直されたこともあり、がん末期の在宅ホスピスが可能になった。
 では、在宅ホスピスの理想的な受け方とはどのような形か。

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